2014年08月18日

第48話、川井と硝子のコミュニケーション断絶を示すもう1つの描写とは?

さて、第48話は、川井の内面を描く回でしたが、同時に、川井と硝子とのあいだの修復しがたいほどの深いコミュニケーションの断絶が描かれている回でもあったように思います。

その「断絶」を示す描写の1つが、叩き落されてまったく使われることのなかった硝子の筆談ノートでしたが、もう1つ、「断絶」を示すためにうまく使われている描写があります。

それは、

硝子の表情がまともに描かれていないこと。

です。

これは、植野が硝子に暴行を振るった第44話でも(あれは植野視点ではありませんでしたが)使われていた方法ですが、硝子がガンガンそれぞれのコマに登場するのに、表情はまったく描かれず、どんなリアクションをとっているのかがまったく分からない状況が続いていくのです。(第44話では1コマだけ目が見えました)

今回、川井視点で、硝子への「説教」が延々と続くにもかかわらず、硝子の表情がほとんど描かれない(先で触れた植野のときと同じく、目が少しだけ出てくるのみ)というのは、つまりどういうことかといえば、

川井は、話しているとき、硝子の反応には特に興味がない。

ということに他なりません。

本来、コミュニケーションというのは、相互作用です。こちらが何か言って、それに相手が反応して、その反応を受けて、次のこちらからのアクションが決まります。
ですから、コミュニケーションをとるときには、自然と相手の表情やリアクションに注目するようになるのが本来の姿です。

ところが、「川井視点」での硝子とのやりとりのなかで、硝子の表情がしっかりと描かれることは、結局ただの一度もありませんでした。
これは、永束視点・佐原視点で、硝子がはっきりと表情を見せていたことと、とても対照的です

そして川井は、硝子の表情やリアクションなどまったく気にも留めず、自分の言いたいことをとうとうと話し続けたわけです。
硝子は恐らくきょとんとしていたでしょう。川井が何を言っているかまったく分からないわけですから。

そんなリアクションにすら、川井はまったく気づかず、「説教」が全部終わってから、佐原に「あとで教えるね」と硝子に伝えられてやっと自分が間抜けなことをしていたことに気づくほど、川井は硝子との「コミュニケーション」に、実はまったく「興味がなかった」ということなのでしょう
タグ:第48話
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第48話で改めて示された「非ガムシロ組」のコミュニケーション断絶とは?

第48話は、自分に酔っている川井の内面が明かされる川井回となりましたが、以前別のエントリで触れた、永束・佐原らの「ガムシロ組」と、「非ガムシロ組」である川井との間の、非常にはっきり分かる違いが改めて示された回にもなりました。

それは、やっぱり、

非ガムシロ組は硝子とのコミュニケーションが断絶している。

という点です。

これまで、第6巻の個別視点回として、永束、佐原が登場しましたが、永束は筆談ノートを使った硝子との会話に素晴らしい才能を示し、また佐原は妖精の衣装についての硝子の「必要」というメッセージをしっかりと受け止め、自らメッセージを発し、能動的に動き出した硝子の「こえ」をちゃんと聞き取り、深いコミュニケーションが成立しました

それに対し、今回の川井ですが、いきなり硝子にビンタをして硝子が手にしていた筆談ノートを叩き落しています。


第48話、12ページ。

まあ、「そんなことしてる場合じゃない」という川井の意見自体は、そういう主張があってもいいとは思います。
でも、そのことばを硝子に発するなら、本来は筆談ノートにそう書くべきです。でも川井はそうしませんでした。

その後も、硝子の肩を「ガタガタ」と揺さぶりながら(肩、脱臼してるんですが…)話し、さらに硝子を抱きしめて話していますから、これでは読唇もまったくできません。

その上で「言えないよね つらいこと… 相談できないよねっ…」「あなたは 私に似てるから 分かる…」と決め付けて、自分の言いたいことだけ語りまくって硝子の話はまったく聞かずに話を終えてしまいました。

最後に佐原から「後で説明するね」と手話で言われて、ようやく自分が言っていたことがまったく伝わってないことに気づいたようでしたが、もう後の祭りです。

こうやってみてみると、前回、前々回の永束・佐原と硝子とのコミュニケーションと比較して、実に鮮やかに、川井と硝子の「コミュニケーションの断絶」が描かれていることに、改めて気づきます。

そして、硝子が小学校時代に取り囲まれていた「場」は、永束もいなければ佐原もいませんでしたから、まさに川井が今回見せたような意味でコミュニケーションが断絶した「場」だったんだな、ということを改めて思うのです。

ところで、川井が硝子とコミュニケーション断絶していることを示すもう1つの描写があるのですが、それはエントリを分けて書いていきたいと思います。
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第47話から読み解く、佐原の「もう1つの発達課題」とは?(5)

前エントリからの続きです。

橋事件で植野や将也からダメ出しされて逃げてしまい、硝子の自殺を踏みとどまらせるような働きもできず、ハイヒールも折られて低い靴をはき、妖精の衣装も「無意味だ」と否定され、「もうなにも出すことができない(だから居場所もない)」という精神状態になってしまった佐原に、「(あなたが)必要だ」という無条件の承認を与えた硝子。

ここへきて、佐原にとっての映画制作は、「そこで役割を果たすことではじめて自分の居場所、存在価値を認めてもらえるもの」という存在から、「まず無条件に認められて、居場所があって、そのなかで認め合う仲間とともに作り上げるもの」という存在に変わりました

これは、劇的な変化です。

第47話の最後のページで、佐原は、これまでのコマとは全く違う、心が浮きたつような表情で衣装を作り「楽しみだなあ 映画」とつぶやいています。


第47話、18ページ。

将也が意識不明なのにその表情はどうなんだ、という意見はあるかもしれませんが、むしろここは、佐原にひそかに訪れていた非常に深刻な危機が回避され、佐原にとっての5年越し(というか、不登校事件の前から実際には続いていたはずなので実際にはもっと長期間にわたって)の発達課題をようやく乗り越えた劇的な瞬間が描かれているのだと思えば、私にはごく自然な描写だと映ります。

そして、「自分は条件付きの承認しか与えられないんだ」というこれまでの佐原の意識は、実際には思い込みであって、もはや佐原は(条件などつけられずに)十分に愛され、認められていると思うのです。

「衣装などムダだ」と言い放って、佐原を否定した(と佐原が思い込んでいる)植野は、実際にはがっかりして去っていく佐原の後ろ姿をじっと見守っています。


第47話、14ページ。

第45話で、罵倒されたにもかかわらず「友達だよ」と声をかけた佐原を、植野はすでに対等な存在として認めつつあると思います(強がってはいますが)。
つまりここにも、佐原が気づいていないだけで、無条件の承認関係はしっかり育ってきているわけです。

もちろん、将也や結絃などの「ガムシロ組」との関係もそうでしょうし、映画再開の意義を硝子と共有している永束も、その「無条件の承認の輪」のなかに、今ならスムーズに入ってくるはずです。

ですから、いちど佐原のなかで無条件の承認を受け止める心の構えができてしまえば、そこから先はきっとスムーズで、後戻りすることなく、周囲とのより良好で簡単には壊れない人間関係を築いていけるようになるはずです。
それこそが、佐原が長らく明確な答えを見いだせずに苦しんでいた「成長を証明するもの」の1つに、間違いなくなっていくでしょう。

そういう意味で、佐原は、この第47話のエピソードによって、第1巻で描かれた不登校エピソードから、第3巻で硝子・将也らと再会し、一見良好な人間関係を構築できていた期間も含めて、長く長く、本当に長く続いてきた「見えにくい、でも本当に難しい、克服すべき発達課題」である、「条件付きではない、無条件の承認を与えられて、それを受け止め、ありのままの自分を肯定して自分の存在価値を確信すること」をようやく達成した、といえるのだと思います。
(まあ、最後にまた高めろ高めろと言っているのが微妙に気にはなりますが(^^;))

さて、佐原ネタとしてはこれで終わりですが、この話題はあと1エントリだけ引っ張ります。
タグ:第47話
posted by sora at 08:37| Comment(2) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする