2014年08月13日

新たな聖地巡礼写真がアップされました!

以前、当ブログでも紹介させていただき、リンク集にも入れさせていただいている、@kashiwa0141 さんの聖地巡礼写真ですが、大今先生サイン会の整理券ゲットとあわせて新たな写真をアップされていたので、まとめさせていただきました。

http://togetter.com/li/705588
大垣・マンガ「聲の形」舞台訪問その2






















Togetterには、もっとたくさんの写真がまとめられています。

今回も「よくこんなところが分かるなー」という場所の写真が多くてうならされます。
@kashiwa0141 さん、ありがとうございました!
また新しい聖地巡礼写真、期待してます!
posted by sora at 23:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 第5巻 | 更新情報をチェックする

東地高の2学期はいつから始まった?

これは、ずっとアップデートを続けている「イベントカレンダー」に関連する話題です。

今回第48話で、将也や永束、川井、真柴らの通う「東地高」は2学期が始まっていますが、一方で、植野・硝子については、普通に私服で病院にいます(佐原は制服ですが、衣装作りで夏休みでも学校に通っていることがわかっています)。


第48話、11ページ。

また、将也の転落について、新学期の時点で石田家から学校に連絡が入ったのが「先週」という発言があります

イベントカレンダーから推測すると、花火大会は8月18~24日の週のどこかであることはほぼ確実で、もし新学期のスタートが9月1日からだとすると、石田母は実際の転落からかなりたってから学校に連絡したことになるだけでなく、将也の昏睡期間がとんでもないことになるという問題も生じます。

これらを総合して推理されることは、

進学校である東地高の2学期は、8月25日の月曜からスタートしている。
一方、太陽女子や硝子の通う高校は、それよりも始業日が遅い。


ということです。

これなら、まだ植野や硝子が私服で病院にいるのも説明できますし(太陽女子や硝子の通う高校はまだ夏休み中ということ)、花火大会を19日とおくことで、第47話の佐原のエピソードが22日となり、土日をはさんで47話と48話が連続している形もとれます。
学校への連絡が「先週」なのも問題ありません。

ということで、今後前提がひっくり返る描写がないかぎり、第48話の日付を8月25日、そこから遡って花火大会を8月19日とおくこととしたいと思います。

ちなみに、イベントカレンダーについては、「高校編」「小中学校編」「佐原・植野の関係編」と3つのバージョンを作っていますので、よろしければご覧ください。
ラベル:第48話
posted by sora at 07:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする

硝子のあの行為への発言から見える、橋メンバーの価値観の違いとは?

これは、「なぜ知っているのか?」問題と微妙にからんでくるのですが、そちらはちょっとおいておいて、ともかく「橋メンバー」はなぜかほとんどが硝子の自殺のことを知っています(真柴だけはどうか分かりませんが、川井が知っていることを考えると、たぶん知っていると予想します)。

そして、それぞれがそのことについて物語のなかで発言していますが、非常に興味深いこととして、

硝子の自殺に対する発言が、それぞれの人物の価値観や硝子への人物観をきれいに反映している。

ということです。

実際、それぞれの登場人物がどんな発言をしているか見てみましょう。

将也:「なんで なんで なんで?西宮 なんで こうなった? 俺 どこで 間違った?」(第43話)

自罰的な将也は、硝子の自殺を自分の責任だと考えています。
でもこのあと、「会わなければ(よかったのか?)」という自問に対しては、硝子の腕をがっちりつかみなおし、行動で否定しています。

結絃:「オレのカントクフユキトドキです ごめんなさい」(第44話)
「ちゃんと 言葉で 言えばよかった? 『死なないで』って そしたら変わってくれた?」(第45話)


第45話、13ページ。

結絃も将也と同様、自分を責めていますが、そのニュアンスは相当違います。
結絃の場合、最初のせりふでは、まだ硝子の保護者を自認していましたが、その後硝子の手紙を植野から聞かされてそのアイデンティティが壊され、後のせりふではもっとフラットに家族・妹として、どんなサポートができたかを自問しています。

植野:「こいつは みんなの気持ちを知りもせず 勝手にそれが一番いいって判断して 飛び降りやがったんだ!! とんだッ 思いあがり この性悪女!」(第44話)


第44話、17ページ。

硝子の自殺そのものというよりも、動機ないし行動原理を批判しているところが注目されます。
以前の遊園地回の観覧車での発言にも通じますが、思ってることをはっきり言えば相手にも通じる、言わないで自分で判断して行動すると「相手のため」と思って行動したことが逆に相手を傷つけたり自分が傷つくことになる、ということを植野はいっているのだと思います。

永束「なんで君は 死のうとしたんだい?」(第46話)


第46話、11ページ。

永束のこの発言、これは別の意味ですごい。
何しろ、この、まったくオブラートにくるまない、直球ど真ん中の質問を直接硝子にぶつけているわけですから。
でも、この永束の、回りくどい表現をしない、ある意味ぶしつけな問いかけだったからこそ、硝子も逃げずに正面から自分がかかえる「弱さ」をさらけ出すことができたのかもしれません。

佐原: 「私 何か見落としてた? 私 力になれてなかった? なんで 私に 何も相談してくれなかったの? でも 私は そんなこと わざわざ聞いたりしないよ」「どうにも ならなかったんだよね…」

佐原のモノローグは、よく読むとけっこう屈折しています。
力になりたかったけれども、自分からはそういうことをわざわざ聞いたりするつもりはなかったから、何も言わずに飛び降りてしまった硝子のことを、結局自分にはどうしようもなかった、と言っているわけですから。
そしてこのモノローグのあと、佐原の思考は自分が変わったか変わっていないかを自問自答する流れに入っていきます。
簡単にいうと、佐原の思考は、相手を変えようとせずに、自分が変わることで状況を変えていこう、という自己責任論的な価値観に強く拠っているのだと思います。
硝子から悩みを相談されるような「自分」になれていれば、問題は解決できていたかも、佐原はそんな風に考えているわけですね。
でも実際にはそうではなかったから「仕方なかった」と諦めているわけです。
この辺りは、人間関係をどうしても「取引」だと考えてしまいがちだという、佐原の「発達課題」の問題とつながりがあると思われます。佐原の発達課題については、別エントリで書きます。

川井:みんな 心配してたんだよ!! あのね 知ってる? 西宮さん! 苦しんでるのは あなただけじゃないんだよ? みんな苦しい! 苦しんでるの! それが命なの! でも その命は いちばん大事なんだよ… わかるよ… 西宮さんの気持ち… 言えないよね つらいこと… 相談できないよねっ… あなたは 私に似てるから わかる… だからね… つらいことがあっても いちいち気にしてちゃ だめ 自分の ダメなところも愛して 前に進むの そう…たとえば 自分はかわいいって… かわいいんだって…思うの… だって そうしないと 死んじゃいたくなる…


第48話、14ページ。

真打ち登場(笑)。
長いです(笑)。
ある意味、いちばんズレていて「喜劇」になっているのが、川井のこの事件に対する言動です。
川井は、硝子の実際の葛藤とか事情とかそういうことをすべて無視して考慮に入れず、「人生は苦しいかもしれないけれども命は大切にしなきゃダメ!」という、陳腐な道徳のレベルまで問題をずらしまくったうえに、それを「こんな美しい道徳が語れる私ってすごく立派!」という「川井劇場」を展開するためのネタにしてしまっています。
川井については、この「川井視点回」で、この「川井劇場」を、深い策略を練ったうえで行っているのではなく、本気でそう思って繰り広げているという「天然キャラ」だということが示されていますから、これは相当なものです。
とはいえ、「硝子の事情」はまったく関係ないものの、この「川井劇場」の後半は「川井のホンネ」だと考えられますので、そういう意味では興味深いことを言っているといえば言っていますね。
posted by sora at 07:18| Comment(7) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする