2014年08月11日

第48話、硝子の行動原理を考えてみる(2)

川井のエキセントリックな言動に隠れていますが、第48話における、硝子の奇妙な言動について考察するエントリです。

先の(1)のエントリで、

1)川井・真柴に会ったとき、ほとんど挨拶もなくいきなり「映画を再開しませんか」という筆談ノートを見せている

という硝子の行動について考察しましたので、こちらでは、もう1つの、

2)恐らく話の流れがまったく分からなかったはずなのに、川井の抱擁に対して、最後に抱き締め返している

について考えてみたいと思います。


第48話、15ページ。

こちらは、そんなに難しい話ではないんじゃないかな、と個人的には思っています。

硝子は筆談ノートを叩きおとされて、しかも抱き締められてしまって川井の口の動きも見えませんから、川井が何を言っているのか、その内容はまったく分からなかったと思います。

でも、川井は最後に感極まって(まあ、勝手に極まってるんですが…)泣き出しています。
わあわあ泣いているわけではないと思いますが、声が震え、嗚咽くらいはしているんだと思います。

硝子は補聴器をつけていると思いますから、川井がこんな耳元の近くにいることを考えると、川井の泣き声に気がついて、「川井が泣いている」ことを知ったのではないでしょうか

しかも、この同じタイミングで川井は腕に力を入れて硝子をことさらに強く抱き締めています。
別エントリで考察する予定ですが、このとき川井は、「気持ち悪い」という同級生のことばや将也のことばを思い出して、自分も密かに気にしている自分の嫌なところを忘れようと、それまでの「きれいごと」的な抱擁をやめて、むしろ自分が甘えて抱きついているような「本気の抱擁」をしはじめたのだと言えます。

これらを総合すると、たとえ話していることばが分からなくても、川井がなにか自分のことで泣き出して、まるで甘えてくるかのように強く自分を抱き締めてきた、と硝子にはわかったんじゃないかと思います。

だから、抱き締め返した、と。

また、この「抱擁返し」が物語の中で持つ意味を考えてみると、各自視点回において、

・永束=筆談ノートで、
・佐原=手話で、
・川井=筆談ノートは叩き落されたけれども抱擁で、


それぞれ硝子は、なんとか「気持ちを自分から伝える」ことを試み、一応(川井を含めて)成功した、という「形」になっています。
今回、川井回における「抱擁返し」が物語の中でもっている「意味」は、たぶんそういうこと(筆談ノートも手話も通用しなかった川井にも、抱擁を返すことで何か「聲」を伝えることができた、ということ)なのかな、と思います。

とはいえ、硝子から抱きしめ返されたからといって、川井が「映画撮影再開賛成」に回ったとはちょっと思えないですし、真柴もそんなことはないでしょう。
せいぜい、この後展開されるであろう、将也をめぐる「植野vs硝子」の対立では、これまで植野派だった川井が「硝子派」に寝返る可能性が増したくらいかな、という感じですね。

タグ:第48話
posted by sora at 07:37| Comment(6) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする

第48話、硝子の行動原理を考えてみる(1)

第48話は、冒頭煽り文のとおり、「川井の知られざる生態に迫る」回だったわけですが、その一方で、硝子も不思議な行動をとっているように見えます。

まず、

1)川井・真柴に会ったとき、ほとんど挨拶もなくいきなり「映画を再開しませんか」という筆談ノートを見せている

こと、それから、

2)恐らく話の流れがまったく分からなかったはずなのに、川井の抱擁に対して、最後に抱き締め返している

こと、この2点です。

こちらのエントリでは、この2つのうち1)について考えたいと思います。

1)の硝子の行動ですが、率直にいって相当違和感があります。あまりにも唐突すぎて、川井や真柴からは意味不明に見えたでしょう。


第48話、11ページ。

考えてみればあの橋事件以降、会ったのは初めてなわけですし、もしかすると自身の自殺についても知っているかもしれない(実際知っていた)、そういう相手である川井らに対し、あいさつをするなり(映画再開の)背景を説明するなりして、それから誘ってもよかったはずです。
実際、いまの「笑わないスタイル」になるまでは、ニコニコ愛想笑いをしてペコリとお辞儀をするのが当たり前だった硝子が、そのあたりの社交辞令、マナーを知らないとは考えられません

これについては、恐らく硝子はいま、あえて「ノーガード戦法」をとっているんじゃないか、と考えています。

これまで、硝子はいろいろなことを考えすぎて、遠慮をしすぎて、社交辞令や愛想笑いに逃げすぎて、言いたいことを言わなすぎて、失敗してきたと自覚しているはずです(家族とさえコミュニケーションができていなかった、ということを悟ったのが、第45話での硝子の涙の最大の原因だと思っています。)
だから、いまの硝子は、そういうものをすべて捨てて、思っていることを最短距離で率直に相手にぶつける、あえてそういうやりかたを選んでいるように見えるのです。

それに対して、川井がビンタで返したのはある意味、硝子にとって「収穫」ということになります
川井が映画について、あるいは硝子についてどう思っているのかが、社交辞令のオブラートにくるまれずにストレートに出てきているからです。

このあと、将也転落事件後、2回目となる植野と硝子の直接対決がやってくるでしょうが、硝子はまたきっと「映画再開」でジャブを打ってくるでしょう。
それに対して、まちがいなく植野は、強烈なカウンターパンチを打ち返してくるはずです(もしかすると本当にパンチかもしれませんが(笑))。
その「カウンターパンチがどんなものであるのか」ということが、植野にとって、映画撮影がどのようなものであったか、さらには橋メンバーとの、将也との、そして硝子との関係がおどのようなものであったか(あるのか)を浮き彫りにするのではないかと思います。

そういう意味で硝子は、それが失礼でぶしつけな側面があることを理解しつつも、あえて「ノーガード戦法」をとることで、相手と本音でコミュニケーションしようと試みているのではないか、と思うのです。

先の行動原理の2)については、次のエントリで。
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