2014年08月19日

「条件付き承認」の発達課題、実はガムシロ組全員が抱えている?

「佐原の発達課題」シリーズの続きエントリです。

ここまでたっぷりと文章量をかけて、佐原には、「条件付き承認」の呪縛を解き放ち、「無条件の承認」を十分に与えられ受け止めなければならない、という発達課題が長らく存在していて、それが第47話でようやく解決の方向に向かってきたのだ、という話題を書いてきました。

ところで、この発達課題の内容を見ると、実は佐原だけではなく、いわゆる「ガムシロ組」のメンバー全員が、多かれ少なかれ、この発達課題をかかえていることに気づきます。

その筆頭は硝子でしょう。
硝子は、端的に言えば、西宮母から「健常の子と同じように育ちなさい。そうすれば愛してあげる、認めてあげる」、という、「子どもに普通を目指させる」タイプの障害児の親が与えるある意味典型的な「条件付き愛情(承認)」のメッセージを受け続けて成長してきています
結果としてそれはうまくいかず、硝子は自己肯定感の著しく低い、「自分のせいで周囲が不幸になる」という呪いの意識にとらわれてしまい、現在に至っています。
率直なところ、硝子を自殺にまで追いやってしまったのも、この自己肯定感の低さだと言えます。

結絃も、「登校すれば認めるのに」のような条件付き承認のメッセージを西宮母から提示され続けており、それが実現していないため、親子感の信頼関係は壊れ、家出を繰り返すような状況になってしまっています(いました)。

この二人については、かつては西宮祖母が「無条件の承認」を与える存在でした。その西宮祖母が亡くなり、その「空白地帯」の一部を、たぶん将也がカバーしています。西宮母も、ようやく変わりつつあります。

永束は「お金にものを言わせる」ことで、相手から承認を得ようとしています。これもまた、取引という「条件」によって承認を得ようとする行為であり、条件付き承認の行動原理に基づいていると言えます。
永束へは、これまでは将也が、もしかするとこれからは硝子も、「無条件の承認」を与える存在となってきています。

そして、ガムシロ組の中心にいる将也もまた、硝子と親しくなるための「資格」にこだわり、補聴器代の170万円を母親に償うことにこだわり、友達の定義にこだわるなど、どのような「取引」をすれば自分が認められ、居場所ができるのかを模索しています
これもまた、小中学校時代のいじめにより著しく自己肯定感が低くなり、「自分の存在価値」を疑うようになってしまった将也が、「条件付きの承認」を求めてあがいている姿だといえます。
そういう意味で将也にはまだ「無条件の承認」は与えられていないと言えますが、今後は、硝子から(さらに加えればもしかすると植野からも)与えられていくのだと予想します。

このように、「ガムシロ組」は単に仲のいい集団ということだけでなく、抱えているトラウマなり、乗り越えなければならない発達課題なりもよく似ている、「似た者同士」であることがわかります

もしかすると、「聲の形」というのは、ざっくり説明するならば「ガムシロ組の面々のトラウマ克服と成長の物語」なのかもしれません。
ラベル:第47話
posted by sora at 07:15| Comment(9) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする

第48話 コネタ集(1)

第48話のコネタ、かなりたまっていますので、2エントリに分けて書きたいと思います。

1)植野は押さえてたんじゃなくてカギをかけていた?

第48話で、「門番」植野が対峙したのは川井でした。
そして、川井が病室のドアを開けようとすると、永束、佐原のときと同じく、中からロックされていて開きませんでした。

ところが今回は、植野があとから病室のドアを開けるとき、ドアの裏側から「ガコ」という音がして、それからドアが開いたわけです。


第48話、17ページ。

この「ガコ」という音、ドアに「つっかい棒」ができる側とは反対側からしていますし、音の感じも違いますし、さらにまんがでは何かが「回転」してるようなエフェクトがつけられています。

これらを総合して考えると、植野はドアのカギを中からかけていた、というのがどうやら真相のようです。(永束は「押さえてやがる」と言っていましたが、間違いのようですね。)

それにしても、病室って一般の見舞い客が中からカギをかけられるようになっているんだろうか…。


2)川井の得票率は88%?

第48話で、ラインもどきで「気持ちワルイ」と言われた川井が「こんなに頑張ってるのに!」と憤慨する回想のなかで、クラスの委員長に当選するシーンがあります。


第48話、7ページ。

ここで、正の字をみると、22票ほど得票しているようです。
川井のクラス=将也のクラスで、第1巻に見開きでクラスの全体画像が描かれていましたが、5×5=25人という、かなりぜいたくなクラス編成のようですから、川井は25人中22票、88%という高い得票率で当選していることになりますね。


3)でもそうすると千羽鶴が足りない?

これは2)と関連しますが、もし川井のクラスが25人編成だとすると、「1人あたりノルマ30羽」では、鶴は750羽しか折ることができず、1000羽には大幅に足りないことになります。
もし30人編成なら900羽、35人編成なら1050羽で、まあ「千羽」鶴に近くなるのですが…。


4)そういえば将也は29位だった

クラスの編成については、第36話で、将也が国語の成績が「29位だった」と永束に話しかけています。
これは自虐的に言っているので、「クラスで下のほう」という意味だと思いますし、もしかすると「30位は永束」というネタも隠しもっているのかもしれません。
そうすると、やはり将也のクラスは30人編成というのが一番ありそうなのですが…

もし、クラスが30人編成だとすると、川井の22票というのは、得票率としては6773%と、割と平凡なレベルになります。
ラベル:第48話
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第48話 コネタ集(2)

第48話のコネタ集、後半です。

5)川井視点でキャラの造形が違う

これは以前から言われていたことですが、このまんがでのキャラクターの外見は、「誰の視点か」によって修正が入っているようです。
今回、「川井視点」になったことで、真柴の外見がイケメンになったうえに背景に花が出てきました(笑)。


第48話、7ページ。

一方、植野や将也については、「自分をいじめた・傷つけた人」ということで、ひどい造形になっています。
植野にいたっては「エッヘン」という昭和の香りのする擬音入りです(笑)


第48話、9ページ。

そして、硝子については別エントリでも書いたとおり、川井視点では「表情の見えない不気味な人」として描かれています。


6)川井の家は裕福そう

今回、川井の自宅が描かれていうますが、さまざまな点で川井家の裕福さが強調されています。

最初のコマ、川井が自宅で「みいちゃん」と呼ばれているのも笑えますが、キッチンが本格的な対面式になっている点に注目したいと思います。
このタイプのキッチンは、LDKにたっぷり面積をとれないとなかなか設定できません。
また、川井が個室をもっているのもさることながら、ドレッサーが独立していて、ベッドもあり、さらに個室の中にソファとテーブル、テレビまで揃っているという豪華さです。


第48話、2ページ。

これらを全部置こうと思うと、8畳は必要になるんじゃないかと思います。
これまで、硝子、将也、植野あたりの自宅は相当庶民的に描かれてきたのに比べると、明らかに一線を画した描かれ方ですね。


7)川井のビンタは全メンバー中最弱?

今回、ちょっと意外でしたが、硝子に対して川井のビンタが炸裂しました。(これにより、「聲の形ビンタ列伝に、川井も名を連ねました)

ただ、この川井ビンタ、音がものすごくしょぼいです。


第48話、12ページ。

ビンタ音が「ペチン」になっていますね。
これは、植野の「パン」や「バチッ」、西宮母の「バシ」どころか、小学生硝子の「ベシ」よりも弱そうな音です。

ビンタの強度では、川井はランキング最下位のようです。


8)5巻がフライング販売?

今回、48話にはマガジンでときどきやっている「あらすじページ」がついていますが、ここにとんでもない間違いがあります。



あれ、単行本が5巻まで発売されることになってる(^^;)。
まあ、確かに今日時点ではたしかに第5巻は出ていますが、この号が発売された8月6日には、まだ5巻は出ていなかったわけですから、ここは間違いということだと思います。
ラベル:第48話
posted by sora at 07:20| Comment(5) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする

別ブログで、「聲の形 第5巻」のブックレビューを書きました。

このブログではありませんが、私が書いている別のブログ(実はそっちがメインブログなんですが(^^;))で、今回発売された第5巻のブックレビューを書いています。

聲の形 第5巻(まんがレビュー):お父さんの[そらまめ式]自閉症療育

ちなみに、こちらのブログは自閉症という障害とその支援をテーマにしたブログですので、レビューの内容も、聲の形の世界のなかで「障害」がどのように扱われているかということを中心に書いていて、この「なぞ解き」のブログでの考察とは視点を少し変えて書いているつもりです。

よろしければご覧ください!


posted by sora at 23:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 第5巻 | 更新情報をチェックする

2014年08月20日

(ややネタ)将也=イエス説、ふたたび?(または、将也は今度こそあさって目覚める?)

さて、以前、硝子の代わりに転落し、血と肉をささげた将也は、キリスト教における最後の晩餐を体現したのではないか、という仮説を書いたことがありました

そのときの予想では、転落して昏睡した将也は、イエスの復活同様「3日め」に目覚めるのではないか、と考えていたのですが、残念ながら第49話にいたった時点でも、まだ将也は目覚めていません。
この予想はすっかり外れてしまいました(^^;)。

で、さすがにもうこの仮説は完全にお蔵入りかな…と思っていたところに、第49話のあるコマを見て、改めてあれっと思ったのです。

それは、石田母が「将也に聞かせてくれ」といって植野に手渡したCDです。


第49話、4ページ。

このCDについては、書きたいことが山のようにあるのですが、ここではそのなかのたった1つのポイントだけ、それは、この「ニヒルな肉球」というCDアルバムのアーティスト名が、

・GROUP13

となっていることに注目したいと思います。

「13」といえば不吉な数字ですが、その不吉さの元は、イエスの処刑された日が「13日(の金曜日)」だったということからきているものです。

しかも、もう1つ「13」にまつわる数字があります。それは、

・今回の話が、第「49」話である

ということです。

4+9=13で、こちらも13です。

第「49」話に、GROUP「13」というアーティストのアルバムを、「将也に聞かせる」、という設定。
これは、今日、この日が(将也が「13」の音楽を聴くことによって)「13」日という基準日にリセットされた、ということを意味している可能性があるのではないかと思います。

だとすると、将也は、第49話の日付(私のカレンダーでは8月25日ですが、ずれているかもしれません)から3日めに目覚めるのかもしれません

タイミング的には悪くないです。
次回、第50話が植野視点回だとして、第49話の「翌日」という設定だとすると、そこでは目覚めずにその翌日=第51話で目覚めることになるでしょうし、第50話が島田視点回だとすると、その次の第51話の植野視点回の最中に目覚めるという劇的な展開となります。
いずれにしても流れとしては無理がないように思います。

というわけで、一度消えてしまった「将也は『最後の晩餐』の日から3日めに目覚める」という予想ですが、もしかすると「今度こそ」があるかもしれません。

まあ、今回も当たらない可能性も高いですが、どうでしょう?(笑)
というか、さすがにそろそろ将也には起きてもらわないと話の展開的にはまずそうです・・・(^^;)
ラベル:第49話
posted by sora at 07:47| Comment(2) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする

第49話、石田母の渡したCDにあふれる謎とは?(1)

第49話で、たった1コマしか登場していないのに、ものすごい情報量を持っているのが、石田母が、将也の病室に篭城する植野に「将也に聴かせてあげて」といって手渡したCDです。


第49話、4ページ。

まず、コネタ系の話から始めますが、このCDのジャケットを見ると、どんな音楽なのかが分かります。

アーティスト :GROUP13
アルバム名  :ニヒルな肉球
タイアップ情報:デスメタルランオープニング曲

このうち、「GROUP13」については既に考察しました
第49話でこの「GROUP13」がでてきていることを考えると、少なくとも「4+9=13」という「ネタ」は仕込まれているように思います。

また、「デスメタルラン」については、一度エントリを書きましたが、「聲の形」ワールドで非常にポピュラーなまんがという設定です。
小学校時代には将也や島田、広瀬がまんがを読んでいましたし、当時からゲームにもなっていて3人で遊んでいました。
第5巻ラストの硝子飛び降りのシーンで、将也がかけつける見開きの背後にもデスメタルランらしき単行本がずらりと並んでいて、もしかして結絃も読んでいるのでは?と思われます。
さらに第46話の永束回で、永束が持ち込もうとした(植野に邪魔されて渡せませんでしたが)将也への見舞い品のなかにも、単行本が入っていましたから、将也のみならず永束もこのまんがを認知していて、高校生になっても多くの人がまだ読んでいる、そんな作品のようです。
今回、「オープニング曲」があることで、デスメタルランはアニメ化も果たしていることが判明し、どれだけ人気作品なんだという感じです(笑)。
内容的には、ネコっぽいキャラクターがたくさん出てくるスペースオペラ物のようで、だからこのアルバムも「ニヒルな肉球」になっているのだと思います。

さて、コネタ系だけでもこれだけ語れるこのCDですが、物語としても考えさせられるところがたくさんあります。

それについては次のエントリで。
ラベル:第49話
posted by sora at 08:23| Comment(4) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする

第49話、石田母の渡したCDにあふれる謎とは?(2)

第49話で、石田母が植野に渡したCDについての考察の続きです。

このCDですが、考えてみるとけっこう不思議なことがいろいろあることが分かります。


第49話、4ページ。

まず今回、石田母はどうやら永束の訴えを受けて(植野が病室に篭城して硝子が入れない)病院にやってきたと思われますが、そこで、たった1枚、このCDだけを持って、やってきたことになります

そして、「かけてあげて」と言っているということは、病室のなかには既にCDをかけることができる機械があって、それを石田母は知っている、ということも分かります。
しかも、石田母はこのCDを今までは持ってこずに、なぜか今回、1枚だけ持ってきて、植野に渡した、ということになります。

ここで考えられる説明は、以下のどれかだと思います。

1)このCDを買ってきたのは実は永束。第46話の見舞い品の中に、「デスメタルラン」の単行本と一緒に、CDも入っていた。今回、石田母がその見舞い品を見て、まだ昏睡中の将也には音楽だけあればいいと思って、それだけを持って病室にやってきた。

2)このCDを買ってきたのは石田母。石田母は、昏睡を続ける将也のために、CD店に行って「息子が昔好きだったグループのCD」を買ってきた。たまたま永束からいいタイミングで誘われたので、そのCDを持って病室にやってきた。

3)このCDは、もともと石田宅にあった。永束から、植野が籠城していると聞き、かつて植野が将也と親しくしていた頃を思い出した石田母は、植野と将也で一緒に聞けばいいと考え、わざわざそのCDを持って病室にやってきた。


このうち、1)は可能性として外したいと思います。
なぜなら、石田母の

「将也が 昔 好きだったグループの」

というせりふは、やはり重要だと思うからです。
永束がCDを買ってきたなら、それは新盤のCDでしょうし、わざわざ石田母がそれを見つけて「昔好きだったグループの今の新盤」として持ってくるというのは無理があると思います。

やはり、このCDは、将也が昔好きだった「古いCDアルバム」でしょう。

そして、このせりふ、好き「だった」と、過去形になっています。
将也は自殺を決意したときに何もかも売ってしまいましたから、CDも、CDを再生する機械も、もはや持っていないでしょう。
だから、好き「だった」という表現になってる、と考えることもできるのですが、「昔好きだったが、今はそうではない」で思い出すシーンがあります。

そうですね、第1巻の終わり、第5話で登場した「限定盤CD事件」です。


第1巻180ページ、第5話。

ここで、将也は「俺も ファンをやめた」と言っています。
この物語のなかで「ある音楽アーティストを、将也が昔好きだったけれども、今はそうではない」というエピソードが語られている場面は、ここにしかありません。

そうすると、ここでCDを叩き割られているアーティストこそ、今回の「GROUP13」だと考えられないでしょうか?

a)石田母にすら「昔好きだった」と知られているほど、将也が「大好きだった」アーティスト
b)わざわざ名古屋に出向いて限定盤を手に入れるほど、将也が「大好きだった」アーティスト


このa)とb)が違うというのはむしろ不自然で、a)とb)は同じと考えるほうがずっと自然であるように思われるのです。

ここでは、「石田母は、この『CD叩き割り事件』を知っていた」という可能性をふまえ、2)と3)を組み合わせ、以下のように修正して、これを、このCDについて、私が考える仮説、としておきたいと思います。

4)このCDは、かつて将也が叩き割った因縁のCD。石田母は、当時その割られて捨てられたCDを(ゴミ箱かなにかで)見て、将也へのいじめがあったとピンと来ていた。今回、将也の転落事故は過去ともつながっているうえ、将也はこのとき以降は音楽も聴かなくなっていたので、将也に聴かせる目的で、CD店に行って、この因縁のCDを買ってきた。そこにちょうど永束から、植野が籠城していると聞かされた。かつて植野が将也と親しくしていた頃を思い出した石田母は、植野にも一緒に聞いてもらうのがいいと考え、わざわざそのCDを持って病室にやってきた。

そうなってくると、植野にとってもこれは微妙な展開です。

将也にCDを叩き割らせたのは、島田らからのいじめが原因です。
そしてその頃、植野は、将也に悪いと思いつつ、島田らのグループに属して将也いじめに対して黙認ないし消極的参加をしていたはずです。
そういった植野にとっての「過去のトラウマ」を直撃するアイテムが、この「GROUP13」のこの「ニヒルな肉球」のCDである可能性があるわけです。

そのことを植野が知っているかどうかは別として、そろそろ「島田登場」の影がちらつく現状、このCDが「爆弾」になっている可能性はかなり高いのではないでしょうか?

たった1コマの、ちょっとふざけたジャケットのCDから、どんどんドラマが展開してきました。
まだこのCDについては語れることがあるので、日にちは空くかもしれませんが、もう少し話題として続けたいと思います。
ラベル:第49話 第05話
posted by sora at 18:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする

第49話、石田母の渡したCDにあふれる謎とは?(3)

さて、第49話で、石田母が植野に渡したCDについての考察の続きです。


第49話、4ページ。

石田母が渡したCDが、将也が中学校の頃に島田らにいじめを受けて叩き割ってしまったCDと同じものだとすると、またここに、もう1つ思い起こすことがあるのです。

中学生の将也は、名古屋に初めて一人で出かけて、2つのものを買いました。

1つはこのCDで、もう1つは手話の教科書でした。


第1巻179ページ、第5話。

そして、結果的に、

1)CDは、島田グループ(植野も含む)とのつながりを象徴するもの。
2)手話の教科書は、硝子とのつながりを象徴するもの。


となりました。

それぞれのアイテムはどういう運命をたどったでしょうか。

CDは、島田グループとのつながりを深めるどころか、決定的な溝を知らしめるだけに終わり、叩き割られることになりました。将也にとって、島田らとのつながりは「望んでも手に入らないもの」だということを、このCDは残酷なまでに示す結果となったわけです。
そしてそれが、将也に自殺を決断させる決定的トリガーともなりました。

でも、もう1つの「手話の教科書」で、将也は手話を勉強し続けました。
なぜ、絶望した後の将也は、手話の勉強を続けたのでしょうか?
もちろん、将也自身が硝子に語ったとおり「最後にひとこと(硝子に)言いたかった」から、なのかもしれませんが、そんな単純なことではないだろう、とも思います。

ここで改めて、将也が中学校時代に名古屋に出向いたことの象徴的な意味を考えてみる必要があるでしょう。

将也にとっての名古屋行きは、

本当に手に入れたいと願った2つの「つながり」に対して、勇気を出して手を伸ばそうとした

行為だったのだ
、と思うのです。

つまり、将也は、「壊れてしまった」島田らとのつながりを復活させたかったし、「壊してしまった」硝子とのつながりを復活させたかったのです。

そのうち1つは、CDとともに粉々に砕かれてしまったけれども、残る1つに将也はわずかな希望を託して、ひたすら手話を勉強して頑張っていたのだ、そう思うのです。

そして、4年の歳月の後、その「2つめの夢」はかない、将也は自殺を思いとどまり、硝子のために命を消耗する決意をしました。

しかしそこからいろいろなことがあり、硝子の自殺と将也の転落によって、この「2つめのつながり」は不幸な展開を迎えています

そんなときに、石田母の手によってふたたび現れたこのCDは、壊れてしまったはずの「1つめのつながり」が時をこえて再び試されているのだ、と考える事ができるのではないでしょうか。

将也が、中学時代に名古屋行きによって手を伸ばそうとした「本当に欲しい2つのつながり」がいま、将也の病室でふたたび交わろうとしています。言い換えると、第5話に登場した「CD叩き割り事件」が、ここへきて伏線として回収されつつあるのではないでしょうか。

だとすると…

やはりそろそろ、島田が登場するターンなのでは、と思わずにいられません。
posted by sora at 21:33| Comment(6) | TrackBack(0) | その他・一般 | 更新情報をチェックする

2014年08月21日

第50話の展開を予想する(1)

さて、第49話、私は「植野視点」を予測していましたが、実際にはある意味順当な「真柴視点」でした。
また、石田母の登場は予想通りでしたが、思ったよりも精神状態が不安定で、硝子とまともに話をすることができない姿が描かれたのは個人的には意外に感じました。
映画の再開についてはネガティブな展開になる可能性も残っていましたが、今回、植野を除く全員が賛同し、小学校のロケハンの約束までとりつけたことで、いったん再開かいまでこぎつける流れはほぼ確定したと思います(その先は分かりませんが)。

全体的に、植野視点がまた先送りになった部分は外してしまいましたが、物語の流れとしては、概ね予想されていた方向に進みつつあると考えていいんじゃないかと思います。

さて、次回についてですが、まず最大のポイントは、

話末の次号煽りにある「次号『植野直花』!」を信じていいのかどうか?

でしょう。


第49話、18ページ。

・これまで、「サブタイ煽り」が当たったことが一度もない
・「次号で植野登場」という煽りは、第17話でいちどやらかしている。(次号植野と書いていたのに次号は佐原カラオケ回だった)
・タイトルは違うが内容は合ってる、という展開は、今回に限っては難しい。(植野視点なら「植野直花」以外のタイトルにするのは考えにくい)


といった過去の経緯を考えると、次回「植野直花」というサブタイが当たる、という展開になった場合は、例外中の例外になるということです。

とはいえ、順当に考えればやはり、

1)次回サブタイは『植野直花』。
2)植野視点。
3)内容は、病室の描写と過去の回想、映画参画の攻防。


と考えるのがいちばん自然だとは思います。

この展開となる場合、過去の回想のポイントとしては、やはり将也転落から高校再会まで(特に小中時代)に、植野が島田らとどんな関係にあって、将也のことをどう扱っていたか、そして植野自身は将也のことをどんな風に考えていたか、さらに高校で再会しようと動き出したきっかけは何だったのか、そのあたりになってくるのではないでしょうか。

ただ一方で、この「次号が植野視点」という予想には、実は若干苦しいところがあります

それは、

1)まだ6巻末まで(次回を含め)あと3話残っている。
2)植野視点が使われたら、各自視点回はもう終わりの可能性が高い。
3)結絃視点はもう使えない。
4)硝子視点はありえない。仮に今後どこかのタイミングで解放するにしても、こんな中途半端な場所ではないだろう。
5)そうすると、第51話、52話の2回は、両方とも「将也視点」にならざるを得ない。


というポイントです。

「植野視点」は、まちがいなく、「各自視点」の真打ちでしょう。植野視点を出したあとで、島田あたりの脇役の視点が出てくるというのはちょっと考えにくいです。
ですから、次回、植野視点を使い切ってしまうと、もう「各自視点」がなくなり、結絃視点も(もちろん硝子視点も)使えない現状を考えると、6巻の残り2話は必然的に「将也視点」となると考えられます。

でも、将也は病室で寝込んでいて、目覚めたとしてもそうそう動けないでしょうから、視点はずっと病室のベッドに固定されたまま、病室から見える光景と回想で物語を構成するほかなくなります。
このような制約のもとで将也視点を2話も続けるのは、ここまでの第6巻の構成と展開スピード、密度などを考えると、相対的にここだけちょっと冗長になってしまうのではないか、と思うのです。

そう考えていくと、今回もまた次号煽りは嘘で、次回はまだ植野視点はおあずけ、という可能性が浮かび上がってきます。

仮にそうだとすると、次号のサブタイは何に(というより「誰に」)なると考えられるでしょうか?

私は、次回「植野回」が回避された場合の「視点担当」は、島田になる、と予想します。

そのあたりについては次のエントリで。
ラベル:第49話 第50話
posted by sora at 07:11| Comment(3) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする

第50話の展開を予想する(2)

次回、第50話については、順当に予想すれば、今回の次回サブタイ煽りが初めて当たって「植野視点回」になる、と考えられますが、その場合、2つ気になることがあります。

1)今回「植野視点」を使いきってしまうと、6巻の残り2話を連続して「将也視点」で回さないといけない。
2)島田視点がくる余地がほぼなくなる。


特に決定的なのが、2)の「島田視点のチャンスがほぼ消える」という点なのではないでしょうか。

これまでのところ、登場人物でフルネームが設定されている人物には、それぞれ各自視点回がまわってきています。
まだフルネームがわかっていて「視点回」がもらえていないのは、植野と島田だけです。
このうち、植野についてはいずれ必ず視点回が割り当てられることは確実でしょうが、問題は島田です。
本編ではフルネームが出ていなかった(あらすじで出ていただけ)川井や、高校編でいきなり出てきたような真柴にまで視点回が回ってきたことを考えると、島田に「視点回」が回ってきてもまったくおかしくないと思うのですが、もし「植野回」が先にきてしまうと、わざわざそのあとで島田回をやるというのはちょっと考えにくくなります

逆に考えると、次回、第50話で「植野視点回」が回避された場合、もっとも可能性が高いのは、第50話に「島田一旗」というサブタイの「島田視点回」が入ってくる、という展開です。

そして、もし第50話が島田視点だと、第49話から非常にスムーズにつながるポイントがあります。

それは、

植野が石田母から渡されたCD

です。


第49話、4ページ。

この展開となった場合、このCDが、かつて将也が名古屋で買ってきて、島田から揶揄されて叩き割ったものと同じCDであることはほぼ間違いないでしょう。


第1巻180ページ、第5話。

”島田は、植野に呼ばれてすでに病室のなかにいるか、もしくは第49話の翌日あたりに(やはり植野に呼ばれて)病室にやってくる。
そして、植野が石田母から託されたCDをかけると、島田はそれがかつて将也が限定版を買ったと話しかけてきた因縁のCDであることに気づく。
そこから島田の回想が始まり、島田が将也を徹底していじめた理由が明らかに。”


もし次回が「島田回」なら、こんな風に、CDを介して物語がスムーズにつながってきますね。

そんな風に考えると、次回はきっと順当に植野回なんだろうな、と思いつつも、かすかな可能性として、「もしかしたら島田回かも」という思いを捨てきれずにいるのです。
ラベル:第49話 第50話
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第49話、また本編と関係ないところで割と重要な伏線回収が?

以前、「あらすじで川井のフルネームが初めて判明」とか、「あらすじで硝子の自殺の理由が初めて明記される」といった、「本編外で伏線回収」という展開が何度かありましたが、今回も見つけてしまいました。

それは、第49話のカラー特集ページ、「単行本5巻発売記念スペシャル企画! 聲の形 舞台探訪」の「友達っぽいの遊園地」の部分です。


第49話関連スペシャル企画ページより。

ここに、こうあります。

「バイト中の島田と石田が再会し」

やっぱり、バイトだったのか…

あの場面は、遊園地のモデルが三重県にあるナガシマスパーランドだということで、聲の形の舞台である大垣(物語中では水門市)とはあまりにも遠いので、そんな遠いところでわざわざ働いている島田はバイトではなく、本職のたこ焼き屋として働いているのでは?という議論がずっとくすぶっていました。

ただ、実はこの伏線は、第47話の佐原視点回で既に少し解明されていたんですよね。


第47話、1ページ。

こちらを見ると、「ギフニーランド」という仮想の遊園地の名前が登場していて、この「聲の形」の世界で有名で人気のある遊園地ということになっている事がわかります(ギニーというキャラクターがいるくらいですから)。

だとすると、「友達っぽいの遊園地」は、この「ギフニーランド」だと考えるのが自然で、ならば場所については「ギフ」という名前もついていることから「水門市」と同じ県内で、それほど離れている設定にはなっていないだろう、ということもあわせて推理されます。

そして、水門市からそんなに遠くない「ギフニーランド」という設定であれば、島田が土日だけバイトで働いていたとしても無理はないことになります。

また、「バイト」ということは、いま島田が普通に「高校生」だろう、ということもほぼ間違いなくなったと言えます。

今回、舞台探訪という本編外のページですが、公式に「遊園地での島田はバイトだった」と明言されたことで、「島田がいつもたこ焼きを焼いている」というネタは、単なるネタであって、今後、本編のなかでは大して重要な意味は持ってこないだろう、ということがだいたい確定したと思います。
ラベル:連載限定 第49話
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2014年08月22日

第6巻の残りの構成を予想する(第50話の展開を予想する(3))

第50話の予想エントリの最後として、「残り3話の構成」について、改めて考察しておきたいと思います。

まず、第6巻がどういう構成になるかを整理するため、第43話からのページ数をカウントしてみました。

第43話:左から右へ、18ページ。
第44話:左から右へ、18ページ。
第45話:左から右へ、18ページ。
第46話:左から右へ、18ページ。
第47話:左から右へ、18ページ。
第48話:左から左へ、17ページ。
第49話:左から右へ、18ページ+カラーページ2ページ(たぶん単行本には収録されない)。


ここのところ、ずっと原則1話あたり18ページで進んでいます。
そして、「最終話の掲載予定号が今年のマガジン51号」という情報とかね合わせると、




第6巻は第43話~第52話の10話構成、
第7巻は第53話~第62話の10話構成、


ということでほぼ間違いなさそうです。

そうすると、第6巻は次回50話を含めてあと3話となります。
材料もだいたい出揃ってきたので、この残り3話の構成もだいぶ見えてきました。

まず、これまでの伝統でいうと、各巻の最終話は、必ず将也と硝子の絡みで終わっています。(第1巻:再会、第2巻:ショーちゃんで顔が大接近、第3巻:うきぃ、第4巻:2人で結絃を応援、第5巻:転落する硝子を将也がつかむ)
間違いなく、7巻の終わりもそうなることを考えると、第6巻の終わりも、将也と硝子が絡む展開で終わるだと思われますので、

・将也が目覚める。
・硝子がようやく病室に入れる。


この二つは残り3話の間に実現するのでしょう。
一方、第6巻は「各自視点消化巻」となっているので、絶対に

・植野視点回

は含まれると思いますが、少し前に考えていたような、植野視点が数話続く、ということは残りの巻数を考えると微妙で、植野視点回も1話だけになる可能性が高まりました。

さらに、第6巻の物語の中核となっているのが、硝子によって進められている「映画の再開」です。既に植野以外の元映画制作メンバーは全員再開に同意したので、残る展開として、

・硝子による植野の映画再開への参加要請

というエピソードも入ってくるように思います。

さらにいうと、

・硝子視点というのはたぶん使われない(使われるとしても最後の最後、最終話「西宮硝子」だけだろう)

ということもありますので、「各自視点」を消化しきってしまうと、どうしても「将也視点」に戻ってこざるを得なくなる、ということもあるわけです。

それらを総合すると、残り3話の構成は以下の2つのどちらかになるんじゃないかと予想します。

1)次回が植野視点の場合
 第50話:「植野直花」植野視点の物語。
 第51話:将也視点。冒頭で目覚める将也。そこには植野がいた。話末までにいろいろあって植野の篭城終了。
 第52話:将也視点。植野の篭城が終わり、ようやく硝子が病室へ。はじめて将也と硝子がホンネで話しあう。


2)次回が島田視点の場合
 第50話:「島田一旗」島田視点で過去の回想。
 第51話:「植野直花」植野視点の物語。
 第52話:最後に将也視点。植野とのやりとり、篭城解除、硝子と面会、はじめて将也と硝子がホンネで話しあう。


ここで、2)の応用編として、「島田一旗」と「植野直花」が入れ替わる(植野視点→島田視点→将也視点)というパターンも、可能性は非常に低いと思われますがあるかもしれません。

2’)先に植野視点、次に島田視点の場合
 第50話:「植野直花」植野視点の物語。
 第51話:「島田一旗」島田視点で過去の回想。
 第52話:最後に将也視点。植野とのやりとり、篭城解除、硝子と面会、はじめて将也と硝子がホンネで話しあう。


いずれにしても、最後の第52話はどうしても将也視点になりそうで、だとするとどんなに遅くとも将也はこの先(マガジン発行ベースで)3週間以内には目覚めることになるのではないかと思います。
ラベル:第49話 第50話
posted by sora at 07:08| Comment(7) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする