2014年08月15日

第48話で垣間見えた、川井の本音とは?

第48話の川井回は、よくみると不思議な構成となっています。

この回、最初から最後まで「川井劇場」とでも言うべき、川井が自分が言いたい事をひたすら語ったりモノローグで考えたりし続ける独壇場になっているわけですが、その中身のニュアンスが、一箇所だけ明らかに異なります。

それは、このシーンから後の部分です。


第48話、14ページ。

この直前、硝子を「きれいごと」で激励していた川井が、同級生のLINEもどきで言われた「マジ気持ちワルイ」、橋事件のときに将也から言われた「心底 気持ち悪いと思う」を思い出し、一瞬硝子を抱きしめていた腕が緩んでしまいます。

そして、こんどは全然違う表情で硝子を抱きしめた後、それまでとはまったく違ったニュアンスの「激励」を語り始めます。

川井「だからね…つらいことがあっても いちいち気にしてちゃ だめ」
「自分の ダメなところも愛して 前に進むの そう…たとえば 自分はかわいいって…かわいいんだって…思うの…」
「だって そうしないと 死んじゃいたくなる…」


たしかその前の「きれいごと」のときは「苦しいけど それが命なんだよ いちばん大事なんだよ」と言っていたはずですが(笑)、ここでは「苦しいと思ったら死んじゃいたくなる」と、まったく逆のことを言っています。

これは、素直に解釈して、自分のもっとも痛いところを突かれて(それを思い出して)、つい本音が出てしまった、と考えるのが妥当でしょう。
つまり、他ならない川井自身が、「つらいことを気にしないようにして、ダメなところを愛して、自分はかわいいって思うことで、死にたくならないようにしている」ということなのだ、ということになります。

あれ、「自分はかわいい」…?

これ、最初の最初に出てきましたね。


第48話、2ページ。

1ページの後半から2ページまでのところで、川井のモノローグで、

私 本当は気付いてた 私が実は… かわいいってことに…

と語っているのです。

ここを素直に読めば、川井は本気で、自分のことをかわいいと信じて疑っていないと読めます。

でも、後半の「ホンネ」で、「自分はかわいいって思うの」と言っています。
しかもその直前で「自分のダメなところを愛して」と言っています。

ここからすると、川井は実は、「自分のダメなところを『かわいい』と思い込むことで自我を守っている」と解釈することもできてしまうわけです。

そう考えると、かなり前の第18話の、このコマにがぜん意味が出てくるように思うのです。


3巻73ページ、第18話。

川井は、小学校から高校にいたるまで、ずっと同じキャラを通しています。
が、この間には思春期もあり、さらには高3ともなると今度は「大人になっていく」ステップに入っていきます。

実は川井は、もはや自身が演じている(ないしは、周囲から目されている)「優等生キャラ(ないし、偽善者キャラ)」について、違和感を感じてきているのかもしれません。「きれいごと」ばかり言ってしまって、「本当に感じてることをいえない、相談できない(これも川井自身が言っていましたね)」のは、「自分のダメなところ」と思っているのかもしれません。

でも、それを修正して違うキャラになるにはイメージが固定されすぎていますし、自分自身も変われる自信もないのでしょう(実際、そういう自分に甘えている部分もあってそれを切り捨てる覚悟もないと思います)。

だから、そういう「きれいごとを言ってしまうような優等生キャラを続けている自分」を、「かわいい」と自分自身で思い込むことで、自分自身への疑問を断ち切り、これまでのキャラを演じ続けることで自我を守っているところがあるのかもしれません。

さらに考えると、川井の名前が「川井=かわいい」であるというのも、アイデンティティのすべてを「かわいい」でとりまとめていること自体がアイデンティティである、という、川井の生き方そのものを(メタ的に)暗示しているのかもしれませんね。
ラベル:第48話
posted by sora at 07:11| Comment(2) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする

いよいよ明日は単行本第5巻の発売日です!

4巻から3ヶ月と、このシリーズにしては長めの期間があいてずいぶん待たされた感がありますが、聲の形のコミックス単行本、第5巻が、明日8月16日に発売となります!



第5巻は、あの永束の「全然絵のタッチが違う回」から始まって、あの…あの回までが収録されています。

そして、ミスリードを誘う表紙のふたりと、ミスリードを誘う帯の煽り文。
これは、明日は初めて単行本でこの5巻までの内容を読む方の阿鼻叫喚の声が聞こえてきそうです(^^;)。

ともあれ、いよいよ聲の形の物語、単行本も佳境に入ってきました。
私も、明日は特典がもらえそうな書店でさっそく手に入れる予定です。
うわさによると、結構連載のときと比べて修正が入っているそうなので、連載派でも楽しめそうですよ。
posted by sora at 22:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 第5巻 | 更新情報をチェックする

2014年08月16日

第47話から読み解く、佐原の「もう1つの発達課題」とは?(3)

前エントリの続きです。

「条件付き承認」が行動原理のベースとなっている(ように見える)佐原にとって、もっとも精神を揺るがされる事態は

1)相手の「役に立つ」ことが提供できないこと。
2)相手に自分の提供したものが認めてもらえないこと。


です。

小学校時代の佐原不登校事件では、まさにこの2つの事態が両方とも起こってしまっており、それが佐原に深い影を投げかけています。(つまり、「硝子の役に立てなかった」ことと「申し出が植野らから非難され認めてもらえなかった」ことです。この点については、別エントリで書きました。)

そして、その不登校を克服し、高校で居場所を見つける際にも、やはり佐原は「条件付き承認」を得るために、高いヒールをはき続けたり、必ずしも本意でない部分を感じつつも植野と「和解」し、「手下」的扱いにも文句を言わずに従ったりと、「ありのままの自分」とは異なる自分をしつらえるという選択をしました。
再会した硝子に「接待」的なことをしてしまっていたのも、やはり似たようなベクトルの行動選択といえます。

佐原のこれまでの「高める、成長する」は、おおむね、このように、できるだけ多くのものを他人に与えられる存在になることで、相手からより多くの「条件付き承認」を得て、それによって自分の存在価値が高まったことを確認する(したい)、といったものだったように見えます。

ところが、これらはすべて、「与えたのだから与えてくれ」という「条件」のついた「取引」になってしまっていますので、その「取引」が壊れると、承認関係=信頼関係や愛情、友情にも同時にヒビが入ったり、自信が持てなくなったりしてしまいます。

橋事件から硝子飛び降り、将也入院という過程のなかで、

1)硝子に対する「接待」を含む交友関係で築けたと思っていた友情は、何の相談もなく硝子に飛び降り決行されてしまったことで否定され、

2)植野に折られたうえにそれをバカにされたことで、「後輩に慕われる自分」という自己イメージを象徴し、守っていた存在であるハイヒールも失い、

3)橋事件での植野と将也からの罵倒で、5年かけて成長し、いちどドロップアウトしたみんなの輪の中に復帰できる資格を得た、という自己イメージも否定されました。


佐原のなかにあったであろう、「高校になってようやく手に入れた強さ、成長、新たな人間関係と、それらを手に入れた成長した自分」というイメージは、この過程で壊滅的なダメージを受けたと思います。

そんな佐原にとって、わずかに残っていた「条件付き承認」のカケラが、植野と共同制作していた妖精の衣装だったはずです。
佐原にしてみれば、これを完成させ、植野に認めてもらって、そこから、壊れてしまったものを少しずつ修復していきたい、そんな気持ちがあったのかもしれません。

4)ところがこれさえも、植野から否定されます。

最後の「カケラ」が壊れてしまった佐原が、折れてしまったヒールと同じように、妖精の衣装を捨てようとしたのは、自然な感情の現れだったと思います。

言ってみれば、せっかくできあがりそうなのに「もう意味がないからやめれば」と否定された妖精の衣装は、そのまま、やっと成長しつつあると自信が持てそうだったのに「成長なんてできてないから価値も意味もないよ」と否定された佐原の自己イメージそのものでもある、といえます。

でもそこに、ふいに硝子が現れました。

さらに次のエントリに続けます。
ラベル:第47話
posted by sora at 07:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする

第48話に描かれた「記憶の改ざん」とは?

第48話は、川井がいかに世界を歪んで認知しているかということを、「川井視点」からはっきりとえぐりだした回となっています。

ところで、私は川井が「登校日事件」で言ったこのせりふが、ずっと忘れられませんでした。


第38話、9ページ。

「石田君 お願いだから記憶を捏造しないで…! 真実を見て…!」

この場面を見たときからずっと、「でも記憶を捏造してるのはむしろ川井だよな…。このすぐ前に「何もしてない」「悪口なんて一言も言ってない」なんて言ってるし…」と思っていたのです。

そして今回、「川井視点回」となったことで、川井が自分の記憶をどう改ざんしているかが、具体的に分かりました。
たとえばこれです。


第48話、9ページ。

「あんたと違って 私は葛藤してた!」

これ、実際に植野が言ったせりふと微妙に違うんですが、思い出せるでしょうか?

では答えあわせです。


第39話、6ページ。

はい、「笑って同調してただけのあんたと違って 私は葛藤してた!」ですから、「笑って同調してただけの」が抜け落ちてます

同じように、8ページのこれは(時間がたってることもあって)かなり改ざんされてます。


第48話、8ページ。

「川井さんもやってた!」

これ、第1巻の124ページと対応すると思いますが、オリジナルの発言は、

それに 悪口なら 女子が一番してました! 特に 川井と植野がね!!

です。

「悪口なら」の部分が抜けています

全体的に、川井は、「暴力的・直接的な」いじめはやってない、ということをもって「いじめはやってない」と自分を正当化しているようです。
ですから、「同調していた」とか「悪口を言っていた」のような、それ以外のいじめ行為(もしかすると自分もやってたかも、と思い出してしまいそうなタイプの行為)に関する記憶は、優先的に忘れている、ということのように思われるわけですね。

まあ、このコマのモノローグにある「いわれのない罪をなすりつけられそうになった」というのも、そもそも相当に偏った認知ではあります(ただ、それは記憶を修正した「結果」といえなくもないです)。
第38話の登校日には「悪口なんて一言も言ってない」とか「何もしてない」と断言したりもしていますが、実際には「わかるー」を筆頭に、同調的な悪口は間違いなく言っていたし、合唱コンの黒板の落書きもやっていた(たぶん「みんなにあやまってください!」)わけで、このあたりにも「記憶の捏造」が感じられます。

よく「泥棒は他人のことを泥棒だとよく言う」みたいな話がありますが、記憶の捏造や改ざんが多々見られる川井だからこそ、登校日事件で将也に「記憶を捏造しないで 真実を見て」なんてことを思わず言ってしまったのかな、と思ったりもします。
posted by sora at 07:50| Comment(6) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする

今日は、「聲の形」単行本5巻の発売日です!

いよいよですね。
今日、8月16日は、コミックス単行本の第5巻の発売日です!


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↑楽天ブックス

今日は休日ということもあって、私は買いに行く店の選択肢が基本アニメイトしかないので、アニメイトで買ってくる予定です。
いまのところ特典の画像がどこにもないので、どんなものがついてくるか分かりませんが、買ってきたら写真をアップしようと思います。

また、今回も細かいところの修正がたくさん入っているといううわさです。
第4巻で、遊びに行く前に行き先を相談する佐原や真柴のせりふが追加されたような、大き目の修正が入っているのかどうか、楽しみです。

Koekata_24_16.jpg
第24話、16ページ(連載時)

Koe_no_katachi_04_021.jpg
第4巻18ページ、第24話(単行本)

また、今回も帯の煽りが微妙に間違った方向に全開なので(笑)、そちらも楽しみの1つです。




また購入後に追記します!

追記:買ってきました!


↑今回はアニメイトで買ってきました。


↑こちらが特典のイラストカードです。
 これ、佐原のヒールが低かったり、微妙に6巻のネタバレしています。


↑今回も、なんともいえない強烈な?帯煽り文。
 この煽りで、あの結末を予測するのは不可能ですね(笑)。
posted by sora at 08:01| Comment(6) | TrackBack(0) | 第5巻 | 更新情報をチェックする

第5巻を読んでラストで悶絶している方へ:続きを微ネタバレ~連載キャッチアップ(レベル別)

第5巻は、全7巻といわれるこの作品の起承転結の「転」にあたる激動の巻となります。

そして、連載を追わずに単行本で読んでいる方にとってはあまりにあんまりな、とんでもない場面で終わります。


第5巻190ページ、第42話。

5巻のエンディングシーンで悶絶して、この状態で2か月も待たされるのはたまらない、でもこのあとのネタバレを丸々読んでしまっては次の第6巻を楽しめない、でも気になる、そんな気持ちの方がいらっしゃるのではないかと考え、このエントリを書いてみました。

ここでは、単行本を5巻まで読んだ方のための「微ネタバレ」を、ネタバレレベルを4段階に分けて、少しずつ内容を詳しく書きました。

「レベル4」を読むと、現在連載中の最新話に追いついて連載を読めるようになっています

どこまで読むかは、読む方次第です。

レベル1(本当に最小限)

レベル2(最小限+α)

レベル3(内容も少し)

レベル4(連載キャッチアップ)

(8/18内容更新)
posted by sora at 17:14| Comment(8) | TrackBack(0) | 第5巻 | 更新情報をチェックする

2014年08月17日

単行本派の方向け:第5巻に関する過去の考察

聲の形の単行本を読んで、それで当ブログにお越しくださっている方もけっこういらっしゃるようです。

当ブログは連載を追いかけていますので、昨日発売になった第5巻の話題は、すでに少し以前のほうに流れてしまっていますが、カテゴリを巻数別に分けていますので、そちらを読めば過去の考察を読む事ができるようになっています。

当ブログ カテゴリ:第5巻

なお、コメント欄については第6巻相当分以降のネタバレになっているものもある可能性がありますので、ご注意ください。
また、各考察は、連載でその話が書かれた時点での情報をベースに書いていますので、先の展開の推理の部分については間違っている部分がたくさんありますので、その点はご了承願います。

最後に、「第5巻」カテゴリのなかから、いくつか重要な議論をしているエントリ、いま読んでも興味深いと思われるエントリを抜き出してご紹介しておきます。

新たな聖地巡礼写真がアップされました!

第39話「いつか報いは受けるんだな」は誰のセリフ?&スニーカーと人影の謎

第40話、硝子はなぜ「私と一緒にいたら不幸になる」と言ったのか?
第42話、硝子の行動は「唐突過ぎる」か?
デートごっこ以後の硝子の心情を改めて考える

第42話は各巻のラストを伏線として回収し直している?
第42話は各巻のラストを伏線として回収し直している?(2) 第3巻ラスト
第42話は各巻のラストを伏線として回収し直している?(3) 第4巻ラスト

花火大会の屋台配置はどうなっている?
第42話、「あれ西宮さんじゃね?」と言ったのは誰?

西宮家のLDの照明はなに?


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ラベル:第42話
posted by sora at 08:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 第5巻 | 更新情報をチェックする

第47話から読み解く、佐原の「もう1つの発達課題」とは?(4)

前エントリからの続きです。

「条件付きの承認を得ることで、自分の価値を確認する」という行動原理に基づいて、少しずつ築き上げてきた、佐原の「成長して価値ある存在になった自分」という自己イメージ、自己肯定感は、橋事件以降の一連のできごとで、激しく傷つきました。
最後の拠り所の1つだった妖精の衣装の共同制作についても植野から否定され、あらゆるものを失って失意の底に沈み、まさにその妖精の衣装を捨てようとしていた佐原の肩をたたいたのが、硝子でした。

「どうしたの?」と。


第47話、16ページ。

この場面は、既に別エントリで触れましたが、まさに小学校時代のリフレインです。
条件付き承認を得ようとして行っていた行動が否定され、自己肯定感が損なわれて、もうこれは逃げるしかない、と諦めそうになったときにかけられた、硝子の「どうしたの?」のことば、という構図です。

ここでの佐原の反応は、基本的には小学校の時と同じでした。
いまの私には、あなたに与えられるものがなくなってしまった。与えられるもののない自分はあなたにとって価値がないから、あなたに承認してもらえない。だから、そんな私はここに存在する価値がないから、ここから去るしかない…。

ただ、小学校のときと違っていたのは、佐原が手話を覚えていたこと。それによって、実際に去ってしまう前に、わずかでも、硝子に「こえ」が伝わったこと。
そして、硝子も「変わり」、自分の考えをはっきり伝えるようになっていたことでした。

硝子の答えは、「必要」でした。


第47話、17ページ。

これは、植野から「映画はぽしゃった」と聞かされ、さらにコンテストに提出することも拒否されたことで、無価値になったと感じていた妖精の衣装への「承認」であると同時に、自らの成長の証だと信じていたさまざまなものが信じられなくなり、自分自身の成長と存在価値を証明するものをすべて失った(と感じていた)佐原に対する「承認」でもありました。

しかも、ここで硝子が示しているのは、「条件付き承認」ではなく、限りなく「無条件の承認」に近いものです。

一見、硝子も、これまで佐原が受けてきたものと同様、「映画のために役に立つから」という「条件」つきでの承認を佐原に与えているように見えます。
でも、そもそも、硝子が映画制作にとりかかっている理由は何だったでしょうか?

「壊れてしまったものを取り戻す」

つまり、映画制作のほうがむしろ「手段」であって、その目的はむしろ、佐原との関係を再構築すること、そちらにこそあるわけです。

つまり、硝子の佐原へのメッセージとは、

ただ、あなたがそこに、そのまま、ありのままでいるだけで、あなたが必要です。
ありのままのあなたにこそ、ここにいて一緒に歩いてほしいのです。それが必要なのです。


そういう、「無条件の承認」としての「必要」に他ならないわけです。

長いですね。もう1回エントリを分けます。次が最後になると思います。
ラベル:第47話
posted by sora at 08:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする

第5巻表紙から改めて考える、花火大会の屋台の配置

以前、第41話~42話が出たころに、花火大会の屋台の配置について考察した事がありました


第42話、2ページ。

それは、第42話での「あれ 西宮さんじゃね?」と言ったのが誰なのか、ということを考えるためでした(結局、第48話まで進んでいる現時点でも、その答えは出ていないので、このまま謎のままで終わることになりそうですが)。

今回、単行本の第5巻の表紙が花火大会の屋台の前だったことで、屋台の配置についての情報が少し追加されました。


第5巻表紙より。

そこで、花火大会のときの屋台の配置がどうなっていたのか、以前考察したときよりももう少し詳しくみておきたいと思います。

第5巻の表紙で、硝子が立っているところにあるのは、「わたがし」の屋台ですね。
そこから左に順に

・わたがし
・大判焼き
・ケバブ?(黄色くて梵語のような文字)
・???(王様?の文字)
・???(まったく不明)
・クレープ?



↑第5巻表紙のアップ。大判焼きの隣の、ケバブ?屋と「王様?」屋の部分。

その後ろにも続いていますが、全然分かりません。

また、「王様」のあたりに、川原へ下りる階段があることが分かります。

一方、わたがしから右(裏表紙方向)には、

・わたがし
・お好み焼き


で、その先もありますがこちらは以前の分析から、「お好み焼き」から先は判明しているので大丈夫です。

ということで、かなり大雑把ですが、第5巻表紙情報で補完した、花火大会の屋台の位置関係としては、花火大会会場の川原に背を向けた状態で、左から、

・???(クレープより左にも何件かあり)
・クレープ?
・???
・王様?   :このあたりに階段
・ケバブ?
・大判焼き
・わたがし
・お好み焼き
・じゃがバター
・りんご飴
・たこ焼き
・焼きそば
・???(焼きそばより右にも何件かあり)


ということになりそうです。


↑図示するとこんな感じですね。(クリックで拡大します。)
ラベル:第41話 第42話
posted by sora at 09:05| Comment(4) | TrackBack(0) | 第5巻 | 更新情報をチェックする

2014年08月18日

第47話から読み解く、佐原の「もう1つの発達課題」とは?(5)

前エントリからの続きです。

橋事件で植野や将也からダメ出しされて逃げてしまい、硝子の自殺を踏みとどまらせるような働きもできず、ハイヒールも折られて低い靴をはき、妖精の衣装も「無意味だ」と否定され、「もうなにも出すことができない(だから居場所もない)」という精神状態になってしまった佐原に、「(あなたが)必要だ」という無条件の承認を与えた硝子。

ここへきて、佐原にとっての映画制作は、「そこで役割を果たすことではじめて自分の居場所、存在価値を認めてもらえるもの」という存在から、「まず無条件に認められて、居場所があって、そのなかで認め合う仲間とともに作り上げるもの」という存在に変わりました

これは、劇的な変化です。

第47話の最後のページで、佐原は、これまでのコマとは全く違う、心が浮きたつような表情で衣装を作り「楽しみだなあ 映画」とつぶやいています。


第47話、18ページ。

将也が意識不明なのにその表情はどうなんだ、という意見はあるかもしれませんが、むしろここは、佐原にひそかに訪れていた非常に深刻な危機が回避され、佐原にとっての5年越し(というか、不登校事件の前から実際には続いていたはずなので実際にはもっと長期間にわたって)の発達課題をようやく乗り越えた劇的な瞬間が描かれているのだと思えば、私にはごく自然な描写だと映ります。

そして、「自分は条件付きの承認しか与えられないんだ」というこれまでの佐原の意識は、実際には思い込みであって、もはや佐原は(条件などつけられずに)十分に愛され、認められていると思うのです。

「衣装などムダだ」と言い放って、佐原を否定した(と佐原が思い込んでいる)植野は、実際にはがっかりして去っていく佐原の後ろ姿をじっと見守っています。


第47話、14ページ。

第45話で、罵倒されたにもかかわらず「友達だよ」と声をかけた佐原を、植野はすでに対等な存在として認めつつあると思います(強がってはいますが)。
つまりここにも、佐原が気づいていないだけで、無条件の承認関係はしっかり育ってきているわけです。

もちろん、将也や結絃などの「ガムシロ組」との関係もそうでしょうし、映画再開の意義を硝子と共有している永束も、その「無条件の承認の輪」のなかに、今ならスムーズに入ってくるはずです。

ですから、いちど佐原のなかで無条件の承認を受け止める心の構えができてしまえば、そこから先はきっとスムーズで、後戻りすることなく、周囲とのより良好で簡単には壊れない人間関係を築いていけるようになるはずです。
それこそが、佐原が長らく明確な答えを見いだせずに苦しんでいた「成長を証明するもの」の1つに、間違いなくなっていくでしょう。

そういう意味で、佐原は、この第47話のエピソードによって、第1巻で描かれた不登校エピソードから、第3巻で硝子・将也らと再会し、一見良好な人間関係を構築できていた期間も含めて、長く長く、本当に長く続いてきた「見えにくい、でも本当に難しい、克服すべき発達課題」である、「条件付きではない、無条件の承認を与えられて、それを受け止め、ありのままの自分を肯定して自分の存在価値を確信すること」をようやく達成した、といえるのだと思います。
(まあ、最後にまた高めろ高めろと言っているのが微妙に気にはなりますが(^^;))

さて、佐原ネタとしてはこれで終わりですが、この話題はあと1エントリだけ引っ張ります。
ラベル:第47話
posted by sora at 08:37| Comment(2) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする

第48話で改めて示された「非ガムシロ組」のコミュニケーション断絶とは?

第48話は、自分に酔っている川井の内面が明かされる川井回となりましたが、以前別のエントリで触れた、永束・佐原らの「ガムシロ組」と、「非ガムシロ組」である川井との間の、非常にはっきり分かる違いが改めて示された回にもなりました。

それは、やっぱり、

非ガムシロ組は硝子とのコミュニケーションが断絶している。

という点です。

これまで、第6巻の個別視点回として、永束、佐原が登場しましたが、永束は筆談ノートを使った硝子との会話に素晴らしい才能を示し、また佐原は妖精の衣装についての硝子の「必要」というメッセージをしっかりと受け止め、自らメッセージを発し、能動的に動き出した硝子の「こえ」をちゃんと聞き取り、深いコミュニケーションが成立しました

それに対し、今回の川井ですが、いきなり硝子にビンタをして硝子が手にしていた筆談ノートを叩き落しています。


第48話、12ページ。

まあ、「そんなことしてる場合じゃない」という川井の意見自体は、そういう主張があってもいいとは思います。
でも、そのことばを硝子に発するなら、本来は筆談ノートにそう書くべきです。でも川井はそうしませんでした。

その後も、硝子の肩を「ガタガタ」と揺さぶりながら(肩、脱臼してるんですが…)話し、さらに硝子を抱きしめて話していますから、これでは読唇もまったくできません。

その上で「言えないよね つらいこと… 相談できないよねっ…」「あなたは 私に似てるから 分かる…」と決め付けて、自分の言いたいことだけ語りまくって硝子の話はまったく聞かずに話を終えてしまいました。

最後に佐原から「後で説明するね」と手話で言われて、ようやく自分が言っていたことがまったく伝わってないことに気づいたようでしたが、もう後の祭りです。

こうやってみてみると、前回、前々回の永束・佐原と硝子とのコミュニケーションと比較して、実に鮮やかに、川井と硝子の「コミュニケーションの断絶」が描かれていることに、改めて気づきます。

そして、硝子が小学校時代に取り囲まれていた「場」は、永束もいなければ佐原もいませんでしたから、まさに川井が今回見せたような意味でコミュニケーションが断絶した「場」だったんだな、ということを改めて思うのです。

ところで、川井が硝子とコミュニケーション断絶していることを示すもう1つの描写があるのですが、それはエントリを分けて書いていきたいと思います。
ラベル:第48話
posted by sora at 08:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 第6巻 | 更新情報をチェックする

第48話、川井と硝子のコミュニケーション断絶を示すもう1つの描写とは?

さて、第48話は、川井の内面を描く回でしたが、同時に、川井と硝子とのあいだの修復しがたいほどの深いコミュニケーションの断絶が描かれている回でもあったように思います。

その「断絶」を示す描写の1つが、叩き落されてまったく使われることのなかった硝子の筆談ノートでしたが、もう1つ、「断絶」を示すためにうまく使われている描写があります。

それは、

硝子の表情がまともに描かれていないこと。

です。

これは、植野が硝子に暴行を振るった第44話でも(あれは植野視点ではありませんでしたが)使われていた方法ですが、硝子がガンガンそれぞれのコマに登場するのに、表情はまったく描かれず、どんなリアクションをとっているのかがまったく分からない状況が続いていくのです。(第44話では1コマだけ目が見えました)

今回、川井視点で、硝子への「説教」が延々と続くにもかかわらず、硝子の表情がほとんど描かれない(先で触れた植野のときと同じく、目が少しだけ出てくるのみ)というのは、つまりどういうことかといえば、

川井は、話しているとき、硝子の反応には特に興味がない。

ということに他なりません。

本来、コミュニケーションというのは、相互作用です。こちらが何か言って、それに相手が反応して、その反応を受けて、次のこちらからのアクションが決まります。
ですから、コミュニケーションをとるときには、自然と相手の表情やリアクションに注目するようになるのが本来の姿です。

ところが、「川井視点」での硝子とのやりとりのなかで、硝子の表情がしっかりと描かれることは、結局ただの一度もありませんでした。
これは、永束視点・佐原視点で、硝子がはっきりと表情を見せていたことと、とても対照的です

そして川井は、硝子の表情やリアクションなどまったく気にも留めず、自分の言いたいことをとうとうと話し続けたわけです。
硝子は恐らくきょとんとしていたでしょう。川井が何を言っているかまったく分からないわけですから。

そんなリアクションにすら、川井はまったく気づかず、「説教」が全部終わってから、佐原に「あとで教えるね」と硝子に伝えられてやっと自分が間抜けなことをしていたことに気づくほど、川井は硝子との「コミュニケーション」に、実はまったく「興味がなかった」ということなのでしょう
ラベル:第48話
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